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中学に入って、素行を乱していた宗助にちょくちょく話かけてきた体育教師。人気者の彼が生活指導の真似事だろうか、おせっかいにもほどがある。
そう思っていた、初めは。
成長の妨げになるからと、タバコには目くじらを立てたものの、授業をサボっている事には一言も触れず、自分も空き時間だからと、人目のない日の当たる芝生で寝転んでいた。聞きもしないのに自分の好きなテレビやスポーツの話を延々と話し、それが打ち解ける作戦かと初めは無視していたのに、気が付けば自分から話を振って笑っていた。
あの頃の自分が笑うなんて…。
宗助は自分が矢代の術中に嵌ったのだと判っていた。判っていても拒絶することが出来なかった。
――あの頃、矢代との時間は、宗助の生活の中で唯一の救いでもあったから。
どんなに大人びた子供でも、やはり子供なのだ。庇護されれば安心する。宗助は父親で満たされない情を、矢代で埋め合わせていた。
『早乙女が本当に小鳥遊を好きなら、守ってやれ』
(本当に好きなら…か)
辛かった中等部時代。自分の気持ちに振り回され、己を傷つけることで気を紛らわせていた。
(先生。俺わかったよ)
似たような造りの家が二軒。
シンメトリーのよくある建て売り住宅は、当然のように子供部屋が二階にある。自室の窓から楽人の部屋の明かりが見え、人影が窓に近づいてきたので宗助は急いでカーテンを閉めた。案の定、窓の開く音がした後、楽人の呼ぶ声がしたけれど、宗助は聞こえない振りをした。
(好きなんじゃ無くて…憎かったんだ)
もう一度、楽人が宗助を呼ぶ。
ギリギリとこみ上げて来る思いをため息でやり過ごし、宗助は部屋の電気を消した。向かいの窓がカラカラと淋しげに閉まる気配と部屋の中に戻る静寂。
(でなきゃ、こんな気持ちになったりしない)
イライラする。楽人を見ていると。
そう、はっきり感じたのは中等部の卒業式の日だった。
父親は相変わらず数ヶ月前から姿を見せず、息子の卒業式など知るはずも無かった。いや。知らせたからといって来てくれるわけもない。そう確信が持てたからこそ、いっそ父親が居ない時期で良かったと宗助は思った。
式典になど出たくなかった。
クラスメイト達が居なくなった教室に戻り、早春の暖かい光がふりそそぐベランダに出て宗助は静かにグラウンドを眺めた。
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