第1章

23/100
前へ
/100ページ
次へ
      夏 ――夏休みの学校は嫌いじゃない。 理科準備室からグラウンドを眺め、野球部とラグビー部が練習している向こう、まるで巨大な樹木のようにそびえる入道雲に目を細めながら雨宮潤は窓を開けた。 グラウンドの周りを取り囲んだ桜の木は蝉の格好の溜まり場になっていて、じわじわという鳴き声が幾重にも重なり雨宮の体感温度を上げていく。 (夏だなぁ) どちらかと言えばインドア派の雨宮だが、スポーツに打ち込む生徒達の姿を見るのは好きで、授業の空き時間にも良くグラウンドを眺めている。やはり体育の授業と違って部活動に励む子供達の顔は真剣で、ある種の憧れを抱いてしまうほどだ。 自分が学生の頃は部活動になど入らず、アルバイトと予備校で時間を潰していた。 体育の授業が楽しいと思ったのは中学までで、高校に入ってサッカーや柔道などを授業でやらされると、体格の差が歴然と出てしまう。 運動神経は良いが線の細い雨宮に有利な物など、あまり無く、春のスポーツテストを終えてしまえば、ただ参加しているだけのつまらない時間になってしまっていた。 ふとラグビー部の練習する方から歓声があがった。ミニゲームでもやっているのか、試合形式の練習中であることが、点数表示板と審判らしい生徒数人の動きでわかる。 タックルで潰された人山が少しずつ小さくなっていき、一番下で潰されてるヤツはそうとう苦しいだろうに良く無事でいられる物だと感心した時だった。 「あ…」 一番下から這い出てきた男の笑顔に心臓が高鳴る。白い歯を見せて肩を揺らし笑っているのは紛れもなく――矢代だ。 昔、槍投げの選手だった彼の、今でも彫刻のように美しく逞しい体。 もちろんナマの全身を見たことなど無いが、ジャージの上からでも見て取れるほど立派な体躯だ。 大柄な生徒が多いラグビー部の中にいても、矢代は格段に大きい。相手が高校生だからだろうか。いや、あの矢代が大きく見えないことなど有り得ないのだろう。 笑いながら元のポジションに戻った矢代は、スクラムハーフからのパスを受取り、フィールドを見事に走り抜けていく。何人かがタックルを謀ったものの軽く振り落とされ、まるっきり大人と子供だった。きっと先ほどの歓声は滅多に止められない矢代へのタックルが決まり、ゲームが一気に盛り上がったのだろうと察しがついた。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

252人が本棚に入れています
本棚に追加