第1章

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子供の頃から緊張するとすぐ泣いてしまう自分が嫌いだった。泣き虫毛虫とからかわれれば悔しさにもっと涙が溢れ出す。宗助が自分の傍にいなくなって、からかわれる事の多くなった楽人には、人前に立つことが恐怖だった。 その類稀な容姿のせいで嫌でも注目を浴びてしまうのだが、自意識の無い本人にはそれがわからず、興味津々に見つめてくる幾つもの目が怖くて仕方なかった。緊張に腹痛を起こし、不安になって涙を流す。震える声で話し始めれば、からかいの野次に胸が締め付けられる思いだった。そして家に帰れば決まって熱を出し、暫く学校を休む。 ――ずっと、その繰り返しだった。 そんな毎日を変えてくれたのが体育教師の矢代だ。 大嫌いだった体育の授業。走ることは恥ずかしいこと嫌なことだった楽人に、 『放課後残って練習するか? 小鳥遊がめっちゃ速く走れるようセンセが特訓したる』 と微笑みかけてくれた。 心配性の親にはクラスの集まりと嘘をついて内緒で特訓を受けた。 手足が自由に動くようになってくると自然と走るタイムも縮まり、そのことで自信がついてきたせいか人前に立つことが前ほど嫌ではなくなっていた。クラスメイトにあからさまなからかいを受けることも減り、中等部最後の一年は、比較的穏やかに過ごせた楽人の中では幸せな年だった。 だが、宗助の事となると話は別だ。絶交されてからも姿を見かければ心臓が高鳴り、声を聞けば体が強張る。彼の存在に気づくと条件反射的に緊張し、平静でいられなくなってしまう…。 実際この数年、宗助から何事かのアクションがあった事など一度も無く、楽人が過敏に反応してるだけのことだというのは本人にもわかっていた。それでも宗助の気配を感じると胸が痛み、泣いてしまいそうになるのだ。 (もう。なんでリボン無いんだよ) 耳の傍で聞こえる今にもはちきれそうな心臓の音が宗助にも聞こえているのではないかと不安になる。目の前が歪んで目玉が暖かくなる感覚に楽人は瞬きを限界まで堪えた。 (もう。やだ…) 瞬きをするまでもなく重力に耐えられなくなった水滴が木製の天板を点々と濡らす。 もう間もなく卒業式が始まる。 リボンが見つからない。 お腹痛い。 宗助が見てる。 追い詰められてどうしていいのかわからなくなった時、すぐ後ろに人の立つ気配がした。 「宗…ちゃ」 「動くな」
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