第1章

7/100
前へ
/100ページ
次へ
(早乙女…) 成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能な教え子は、数年前、両親が離婚してから度々、問題行動が見られるようになった。 思春期の大事なときに家庭内の問題で素行を崩すのはよくある話だ。一時的な荒れで済む者もいれば、一生をそこで決めてしまう者もいる。 担任が話をしても改まることの無い、彼の若さ故の愚かさを見かね、矢代は何度か宗助と話をした事があった。 と言っても話した内容は説教や道を説くようなものではなく、好きなスポーツ、食べ物、マンガ、テレビ番組にアーティスト。初めはいつ核心に触れられるかと警戒していた宗助だったが、矢代にその気が無いことを感じたのか、親しくなるにつれポツリポツリと本音も織り交ぜながら話してくれた。 ――両親のこと、学校のこと、楽人のこと。 (アイツ…焦るなゆーたん聞かんと、小鳥遊に何しよった) 話をしてみれば、彼がこのまま道を外れて行くようなタイプじゃないことは知れた。 そうとわかれば余計な説教など返って逆効果と言うものだ。宗助の悩みに自分として答えられることを正直に話せば、彼は大人びた笑顔を見せた。 『それはわかってるんだ』 と。 『でも俺…辛いんだよ…先生』 切なげに告げる少年の横顔が古い親友のそれと重なる。どうしてこうイイ男ほど美しい男に嵌り込むのかと、懐かしい顔を思い出した矢代に苦い笑みが漏れた。 「小鳥遊。大丈夫か?」 苦しそうに呼吸する楽人の顔が赤い。 額に手をやれば案の定、かなりの熱が出ていた。これではもう卒業式に戻すのは無理だ。仕方なく保健室につれて行き上着を脱がせてベッドに寝かせ、保健室の使用記録を残すために消毒液につけた体温計をタオルで拭って楽人へと手渡す。それを慣れた手つきで脇の下に挟み込んだ楽人が天井を眺めながら遠慮がちに口を開いた。 「先生…」 「ん? 何や」 「僕。卒業式出られなくても卒業、出来るのかな」 「おう。安心せぇ、小鳥遊の卒業証書はクラス委員長が、皆の分と一緒に校長先生からもらってくれとるはずや」 「そっかぁ。…良かったぁ」 熱に頬を上気させ瞳を潤ませた楽人は実は良く出来た砂糖細工で、今にもさらさらと崩れ出してしまうのではないかと思えるほど儚げだった。 あまりに整いすぎた容姿。恵まれた美貌のせいで彼はどこに行っても気が休まることが無いだろう。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

253人が本棚に入れています
本棚に追加