第1章

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      気持ち 雨宮が学校に復帰したのは、実に火事から半年以上が過ぎた秋の終わりのことだった。 担任を受け持っていなくて本当に良かったと雨宮は思う。 化学科の先輩教師たちにフォローしてもらったおかげで、授業に遅れが出ることはなかったが、一般の高校なら、大学で理数系を狙う生徒たちのために特別に補習時間を設けるほど、物理・化学は重要視されている科目だ。 この学校は大学まで持ち上がりなので、生徒にも父兄にもあまりそういった緊張感がなく、問題を起こした教員に、のんびり自宅待機なんて処分で三ヶ月もほっておいたのも、そういう校風のせいなのかもしれないと雨宮は思った。 「雨宮先生♪」 「あぁ。中原先生。その節は大変お世話になりました。」 職員室で一通り挨拶を済ませた後、理科室に向かいながら何気なくグラウンドを眺めていると、不意に後ろから声を掛けられた。 中等部の教師が高等部の校舎に来ることはまずない。きっと矢代から自分が復帰したことを聞いて、駆けつけてくれたのだろう。 「すみません。こちらからご挨拶に伺うつもりだったのですが…」 「いいんです。そんな。雨宮先生の、しっかり歩くお姿が見られただけで十分ですから。…リハビリ。頑張られたみたいですね」 満足に歩けなかった姿を知るだけに、そして、リハビリの辛さを理解してくれる人なだけに、その言葉に重さを感じる。 「本当に…ありがとうございます」 「知ってます? 雨宮先生が自宅待機の間。私、矢代先生の偵察機だったんですよ?」 「偵察機?」 「ええ。矢代先生ずっと話せなかったでしょう? だから見舞いに行くたびに雨宮先生の情報を聞かせてほしいって、電話じゃ自分が話せないから聞けないんだって。そりゃぁもう、筆談なのにすごい剣幕で」 くすくすと可愛らしい仕草で肩をすくめながら、中原は話を続けた。 「私だって中等部の人間ですもの、そんなに詳しく探るなんて、出来やしませんのにね♪」 ――チクリ。 嫌な感じに胸が焼けた。 中原が楽しそうに声を弾ませると、嫌でもあのときの、矢代の病室での光景を思い出してしまう。いくら女性に興味ないからといっても、その感覚がわからない雨宮には、この感情を抑えることが出来ない。 むしろ、男性と仲良くされていたほうがましだとさえ思う。 「中原先生は、矢代先生と…親しくしてらっしゃるんですね」
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