第1章

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「…それから?」 「なに?」 「なんかあったんやろ? 小鳥遊と」 「…なんでわかるんだよ?」 「アホ。オマエの顔見たらわかるわ。みょーに晴れ晴れした顔しよって。ガキんちょのくせに、――憎たらしい」 「…先生?」 「なんや」 「先生…もしかして…まだなの?」 「………」 「わ~っゴメンナサイ! ゴメンナサイって!」 太く逞しい腕に頭を取られてグリグリされた。自分の言ったことが図星を指したこともあったが、ちゃんと手加減されたそのじゃれつきが、矢代流の別れの挨拶であることも十分に感じられて、宗助は笑いながら涙がこぼれそうになった。 (今までありがとう。――先生) 『楽人には内緒だよ』 そういって宗助は学校を去っていった。この数年間、矢代でさえ見たことがないほど、吹っ切れた良い笑顔で。 (でもなぁ、早乙女よ) 残された楽人だって、すぐに宗助の渡米を知るだろう。そしてそのとき受けるダメージを、いったい誰が癒してやれるというのか。 (小鳥遊の一途さも知っとろうに) 頑固といっても過言ではない楽人の性格を知る人間は少ない。そこまで近寄らせない雰囲気が楽人にはあるからだ。 今日、矢代の仕事が終わるのは5時。8時の飛行機なら、楽人を待たせておいてココから車で飛ばせば、見送りには間に合う。 見送りには――。 (小鳥遊は大人しく見送るだろうか…早乙女を) 「………」 大切な人との別れだ。たとえ後悔することになっても、本人に決めさせたい。記憶の中にある小さな傷に突き動かされ、矢代は心を決めた。 「よしっ…」 空き時間のうちに、楽人にとりあえず今日は帰らず自分を待つようにと伝えようと、高等部の校舎へと足を向けた。 ちょうど理科室で授業を受けている楽人を見つけたところで就業のチャイムが鳴り、矢代はグラウンド側から走りよって窓をノックした。 「矢代先生?」 『小鳥遊』 復帰した雨宮の授業を受け、その元気そうな白衣姿に楽人はホッと胸を撫で下ろしていた。チャイムが鳴り、本来なら向かいの席に座っているはずの宗助が居ないことを気にしながらも、教室に帰ろうと席を立ったところで、背後の窓ガラスがノックされた。
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