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心底驚いた矢代の顔に、雨宮の中で燃え盛っていた嫉妬の炎もしだいに小さくなってくる。
(わかってる)
中原とも、小鳥遊とも、特別に何かあるわけじゃないってことくらい…。
「すみません…取り乱して」
「いや…」
いつもは饒舌な矢代が、何を言っていいのかわからず困っている。
当然だ。彼に非は無いのだから。
いきなり八つ当たりされて、でももしかして原因は自分の過失かと、記憶をたどって困惑しているのだろう。
矢代は優しいから、きっと喧嘩を売っても買ってはくれない。…そう思うと、いつも自分が甘やかされているみたいな気がして、――嫌だった。
「俺…矢代先生と…喧嘩したいな」
「喧嘩!? ……。……。……。」
益々自分の過失を探ろうと必死に考え込んでしまう目の前の恋人が堪らなく愛しかった。
「そのうちに…ね」
「じゅ」
ん。とまた唇を押し当てて、大きな体をトンっと両手で送り出す。
「さ。次の授業が始まりますよ。矢代先生」
「今日…一緒に来るか?」
「え?」
「美少年拉致。共犯になるか?」
「なに」
「小鳥遊と一緒に待っとってな。潤。…逃がすなよ」
「なっ…ンっ」
ニヤリと笑う矢代に腕を引き寄せられ、ちゅうっと豪快に唇を吸われた。
事情も良くわからないのに、目の前で笑う矢代の顔につられてつい、うん。 と頷いてしまう。
誤魔化されたのか、わかってくれたのか、どちらにしても矢代についていくしかない。
ジャージ姿の大きな背中を見送りながら、雨宮はキスに濡れた唇を指先で拭った。そして、すっかり自分の機嫌が直っていることに、人知れず照れていた。
「宗ちゃんっ」
空港のロビーにひときわ高いボーイソプラノが響く。
涙ぐむ絶世の美少年が走り寄る先には、やはり毛色の違う美少年が立っていて、周囲に居合わせた人間は何かの撮影だろうかと、カメラを探してキョロキョロしていた。
「が…くと?」
「宗ちゃん…宗ちゃ…ん……で…」
「え?」
「なんで…なにも…言ってくれなかったの…あのとき」
あのとき。と言われて、宗助は一瞬、楽人のライトブラウンの瞳をじっと見つめてしまった。まさに 「あのとき」 の映像が、脳裏にフラッシュバックされていたのだ。
「なんでって…」
「宗ちゃん。僕のこと…嫌いなの?」
「嫌いであんなことするわけないだろう?」
「じゃあ、好き?」
「っ……」
「好き?」
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