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「好きじゃなくても…できるけどな」
「ウソだっ」
「ウソじゃない」
「じゃ…じゃあ…なんで…あのとき…あんな…こと」
「楽人が、俺でいいって言ったんだろう?」
「ちがうっ…こないだのことじゃなくて…理科室の…」
「楽…人…?」
「僕を傷つけたいだけなら、もっと他に方法はいくらでもあったでしょう? どうして? どうして僕を…」
犯したの…?
楽人の目が語っていた。
「おまえ…記憶…」
「憶えてるよ。宗ちゃんの悲しそうな顔も、声も、…涙も。ねぇ? どうして? 宗ちゃんっ」
自分の受けた痛みより、与えてしまった痛みのほうが遥かに辛いものなのだと…。
「…好きだったからだよ」
言わずに行こうと決めていたのに…。
「楽人のことが、子供の頃から好きだった。母さんのことがなくても、きっと俺はああしてたと思う。…だから、離れたほうが良いんだよ」
「なんで? しちゃいけないことなの?」
「おまえを…傷つけることになるから」
「傷なんかつかないっ! …傷ついてなんかいないっ!」
「楽人」
「傷ついてるのは…宗ちゃんのほうじゃないかっ」
「俺?」
「そうだよ…いつだって…宗ちゃんは辛そうで…」
「そうかも…しれないな」
自分が傷つきたくないから攻撃して。
守りたいからといって離れて。
結局。いつだって自分が傷ついていたくせに。――知らない振りして。
「だから。今は離れる」
「え?」
「俺はこんなにも弱いから。そう。好きな子に自分から告白もできなくて、勝手に傷つくくらい弱い男だから。…向こうにいって、自分を鍛えたいんだ」
「…帰って…くるよね?」
「どうかな。もう、二度と会えないかも知れないし。今度の夏休みにまた会えるかもしれない。…先のことはわからないよ」
「…待ってても、良い?」
「楽人の人生だ。楽人の好きなように生きればいい」
「じゃあ…待ってる。ずっと…待ってるから」
「…おまえが来るって選択肢はないのか?」
「行っても…いいの?」
「今決める必要はないってこと。もしそのときが来たら、そのときに決めよう、お互いに」
「宗ちゃん大好き」
「なんだよ。いきなり」
「だってもう…行っちゃうんでしょう?」
楽人がそらした視線の先を見ると、さっきまで先生たちと話していた父親が手荷物をもってゲートの手前で待っていた。
出発時刻まで、――もう間もない。
「そう…だな。いかなきゃ…」
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