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ふう、と、大きな息を吐く佐川。
それを見つめる私に向き直り、諭すようにこう言う。
「あの夜のことを気にしているのなら……」
あの夜。
それが何を指すのかなんて、考えなくてもわかった。
あれは、私にとってはかけがえのない夜だ。
初めて余裕を崩してくれたあなたに触れた記憶。
特別で、大切で、切なくて、熱を持つほど重要なこと。
「私のことをいくつだと? 十代の小娘じゃあるまいし……見くびらないで」
「それは失礼」
非難めいた私の言にも、眉を下げて笑う彼。
また胸が痛む。
そんな表情ひとつで私の心がこんなにも揺れて響くことを、あなたは知らないのでしょう。
こんなに……こんなに、思い通りにいかない気持ちは初めてだわ。
生まれて初めて恋心を露にしてぶつかった。
打てる手はもうない。
いつもと変わらない雰囲気を取り戻した佐川をじっと見つめるしかないのが、どんなに歯痒くても。
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