2/24
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
   12月24日。仕事を定時で終えた僕はいつも通りの時間に帰途につこうとしていた。クリスマスイブだからといって、特別な予定なんてなにもない。  ニット帽を目深に被り、耳にイヤホンを挿してからスマートフォンの音楽アプリを起動させると、何年も前に流行ったドラマの主題歌だった曲が流れはじめた。ハイトーンボイスの男性ボーカルが歌うラブソングだ。  誰とも目を合わせず、誰とも話をしないようにと、僕はいつものように僕自身を外界から遮断して、職場のある雑居ビルを後にする。  今の僕は他人と関わることのできない人間だ。半年ほど前のある日の仕事中に倒れて救急車で病院に運ばれた。「ただの過呼吸です」と医者は簡単に言ったけど、それから僕の生活は一変した。  過呼吸の原因となったのは《対人恐怖症》と呼ばれる神経症だった。はっきりとした理由はわからなかったけど、その日から突然、僕は他人を怖いと思うようになってしまった。  それまでの僕もけっして社交的ではなかった。とは言え、多少人見知りはしていたけれど、職場やプライベートでの人間関係はそれなりに上手くこなせていたし、他人に対して警戒するようなこともなかった。  それが今では、職場の人たちはおろか、家族や友人とさえ話すことができなくなってしまった。話さなければならないと思うだけで、体が強ばり呼吸が乱れた。僕とは関係のない人が僕の近くで笑っているだけで、自分が笑われているのではないかと感じるようになっていた。他人から向けられる視線が怖くなってしまっていた。  
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!