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 たくさんの人の中を、僕は俯き、僕の前を行く人たちの腰の辺りをじっと見つめながら、駅へと向かって歩を進める。  こういった場所では、少し気を抜くとつい呼吸が浅くなってしまう。だから意識してゆっくりと呼吸をする。  イヤホンから流れる音楽はかなりの大音量のはずなのに、こんな時には何故だか僕の耳に届いてこない。徐々に早くなりつつある心臓の音だけがやたらと頭の中に響く。  駅に近づいた辺りでは立ち止まる人がたくさんいて、人混みがさらに混雑していた。皆が同じ方向に体を向けている。僕のすぐ前を歩いていたグレーのコート姿の男性も立ち止まって皆と同じ方に体を向けた。  そう言えば先日見たテレビで、今年のこの駅前の街路樹のイルミネーションがとても綺麗に装飾されていて、ちょっとした見物スポットになっていると話題になっていたことを思い出す。あれが確かこの辺りだったはずだ。  毎日のように通る道なのに地面や人の背中ばかり見ていてイルミネーションなどちゃんと見たことがなかった僕は、少しだけ顔を上げて皆と同じ方向に視線を向けてみる。  過去の僕ならすっかり魅了されてたはずのチカチカとしたイルミネーションの瞬きが、今の僕にとってはただ煩わしいだけのものになってしまっていた。  僕はまた、立てたコートの襟に顎を埋めると、駅に向かう人の流れの中を歩き始める。
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