6/24
前へ
/25ページ
次へ
 改札をぬけてプラットホームに着くと、ちょうど電車が来るところだった。列の最後尾に並んでポケットの中のスマートフォンに手を伸ばす。  電車に乗り込む前に、音楽アプリの音量を下げておかなければならなかった。イヤホンからの音漏れは他人から視線を向けられる原因になるからだ。  他人から見られる、ただそれだけで僕の心拍数は上がる。じっとりとした嫌な汗をかく。息をするのが苦しくなって体が強張る。その視線の主の心の中の僕に対する悪意や敵意を感じてゾッとする。何をしたわけでもないのに嘲笑されている気がして自分自身の存在を消してしまいたくなる。  今、僕がこんなふうになってしまったのは育った環境が原因のひとつにあるのではないかと、僕が通う病院の心療内科医が言っていた。  僕が小学生の低学年の頃、父の浮気をきっかけにヒステリックになった母は、僕と妹に対して暴力をふるうようになった。一年ほどして、父が妹だけを連れて家を出ていった。母の暴力はさらにエスカレートし、僕は近くに住む親戚に助けを求めて家出をした。  何度でも僕を連れ戻しにやって来る母から逃げるようにして僕は親戚の家を転々とした。  最終的に落ち着いた母方の祖母のもとで中学生時代を過ごし、高校に進学してからすぐに一人暮らしをはじめた。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加