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 たしかに母からの虐待を受けていた頃の僕は、今の僕に近かったような気がする。母の視線が僕に向けられる度にびくびくし、母に何か言われる度に体が動かなくなった。  でも、それは母に対してだけだったし、祖母に引き取られてからは母に対しての恐怖心も次第に薄れていった。中学、高校時代には積極的に話すほうでもなかったけれど、それでも僕を取り囲むクラスメイトは多かった。  社会人になってからも「あなたは聞き上手だから話をしやすい」と、同僚や取引先の担当の人などいろんな人たちからよく言われたし、他人と話すことが得意だったわけではないけど、それを怖いと思ったことなんて一度もなかった。  だから、はじめは医者の言うことが僕にはピンとこなかったが、そのうち何となく、僕がこうなってしまったのは母のせいなんだと思うようになっていた。医者の言うことに納得したわけではなくて、そうすることが僕にとっては一番楽な選択肢だったからだ。  僕の対人恐怖症の原因を母のせいにしたところで、何かが変わるわけでもない。そんなことはわかっていた。けれども僕は今この瞬間にも、電車の中で見知らぬ誰かの視線に怯えながらもう十年以上も会っていない母を憎み、そして恨んでいた。
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