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 うちから会社、それぞれの最寄り駅の区間は急行列車なら二十分もかからない。でも僕はいつも急行列車ではなく、乗車時間が倍以上にもなる各駅停車を利用していた。  空いていてほとんどの人が座ることのできる各駅停車は利用客の多い急行列車に比べると、視線を感じる確率がずいぶんと少ない。  そんなに他人と一緒にいるのが嫌なら車で通勤すればいいと思うかも知れないが、万が一運転中に過呼吸を起こしてしまったらと思うと通勤に車を利用する気にはなれなかった。  電車の中で過ごす時間の大半は目を閉じたままでいた。イヤホンからの音楽で外界の音を遮断していて車内アナウンスが聞こえないため、ある程度の時間になると目を開けて車外の景色を確認する。  周りにいる人たちは大抵スマートフォンに視線を落としていたし、そうでなければ眠っていたりで、誰かと目が合うなんてことはほとんどなかった。以前の僕は、電車の中で誰もがスマートフォンを触っている光景が異様に思えていたけど、今となっては逆にそれがありがたい。  車窓からの見慣れた風景を確認して、僕は電車を降りる準備をする。ようやく今日も終わる――うちに帰れば、もう、他人に怯える必要はないのだ。
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