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「付き合えば……別れる、かもしれないだろ。他の子たちと同じように、あ、飽きられるんだろ……オレも」
「おれが千穂ちゃんに飽きる? そんなことあるわけないから」
「解らないだろ、そんなこと! 嫌な面を見たら冷める! 冷めて飽きるんだよ!」
「ありえない」
とんと顔の横に置かれた手は、逃がさないとでも言うようだ。
「おれはいつだって千穂ちゃんにフル勃起してるんだからさ」
「押しつけてくんなよ、アホ!」
「千穂ちゃんが解ってくれないからでしょ」
「わ、解った、解ったからっ」
「可愛いことを言う千穂ちゃんが悪いんだよ」
ふたたび抱かれるなか思い出す。昔のことを。
寛二と呼ぶ時には勢い余って「ん」が付いてしまい「かんじん」になっていた。小学生になるときには直っていたが、中学になるときにジンは言ったのだ。
『――これからおれのことはジンでいいよ。その代わり、おれは千穂ちゃんって呼ぶから。あ、これはふたりだけの呼び方だから、誰かに言わないようにね?』
その言葉にオレは適当に頷いた気もする。そうすればジンは「千穂ちゃん」と笑った。――桜吹雪のなか、綺麗な顔で。
そうだったとジンを抱きしめれば、「ち、千穂ちゃん……?」と狼狽える声が聞こえてきた。
「好き」
「うん。おれも好き。だからおれに落ちて。他の人にいかないで。お願い、千穂ちゃん」
「落ちてやるから……さ、お前こそ他の人にいくなよ? 約束だから、な」
「はい」と答えたジンは、涙に濡れる頬に唇を寄せてから口付けてくる。
「大好き、千穂ちゃん」
――この顔はきっとオレにしか解らない。どんな女の子も知らない、特別な笑顔。
頬を擦り寄せて「好き」「好き」と溢すジンに「うるせーよ」と悪態を吐くのは、ただ恥ずかしいからである。
ー了ー
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