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英彦の言うとおりだ。
私は英彦のことをなにも知らない。何処に行くのかも聞いたことがなかったのだ。
言い訳も反論もできない。強いて言うなら、好きにさせてあげていると思い込んでいた。
でも英彦だって。
私が今日何処に行っていたのかも尋ねなかったではないか。
英彦が出て行った部屋で私はぼんやりとしていた。
不思議と先生のことで頭がいっぱいにはならなかった。
別れたいと思ってはいても、やはり三年間一緒に暮らした英彦との別れは衝撃を与えた。
「荷物は明日取りに来るから」と最後に英彦は言った。
さよならでも、バカ野郎でもなく、それが英彦の最後の言葉だった。
すると唐突に、ひとつの過去の出来事が気になりだして、私は記憶を辿っていた。
姉と最後に交わした言葉。
姉が最後に口にした言葉を、思い出そうとしていた。
今まで考えたこともなかった。
いまさら思いだすことなんてできない。
ただ、あのとき姉が人を刺すなんてあり得ないと思わなかったことだけは覚えている。
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