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「ごめん」
「謝らないでください」
「そんなつもりじゃなかったんだ」
だったらどういうつもりなのかと、平常心の私なら問いただせたはずだ。
先生の口から飛び出してしまった言葉が冷たく耳に響いて、身体がこわばってしまった。
「だから、大丈夫ですって」
ここで泣き出したなら、先生は抱きしめてくれるだろうか。
それとも、鬱陶しいと思われるのだろうか。考えがまとまらない。
来なければ良かった。
時間が経てば、何もなかったようにまた会えたかもしれない。
今は、このまま何もなかったようにやり過ごせる自信がない。
「出ようか」
「そうですね」
店を出て、先を歩く先生の背中にしがみつきたかった。
素直になれたら、取り戻せるのだろうか。どうしていいのかわからない。
このままホテルに行って抱き合ったなら、何を悩んでいたのだろうと胸を撫で下ろせるのに。そう思っていたときだった。
「瑞乃」
なにか少しだけ覚悟に似たものを伝えるとき、必ず先に名前を呼ぶ。
「また連絡するよ。明日も早いんだ」
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