第1章

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 このまま眠って、やがて朝になって。  今夜のことが全部ただの笑い話になってしまっても。  ――忘れない。  忘れない、この幸福な気持ちを。  忘れなくても、いいよね。このあたたかさを。  そのまま眠ってしまうつもりなんか、なかったのだが。  安心したせいか、それともやはり疲れていたのか、史彦の肩にもたれたまま美晴はうとうととしていたようだ。  だが。 「うわああああんッ!!」  突然、甲高い泣き声が響いた。 「えっ!?」  反射的に、美晴はぱっと顔をあげた。  史彦もはじかれたように立ち上がる。 「なんだっ!?」 「坊ちゃん!? 悠理坊ちゃん!!」  泣き声は間違いなく悠理のものだった。窓一枚をへだてた部屋の中から聞こえてくる。 「どうした、悠理っ!?」  史彦が窓に飛びついた。美晴もその横から顔ごとぶつかるようにして、部屋の中を覗き込む。  カーテンの隙間から、昨夜となにも変わらない子供部屋の様子がうかがえた。  その真ん中に、悠理がうずくまっている。  床には、ベッドからはぎ取られて丸まったシーツ。そして――アイロン。 「アイロン!?」 「まさか、あれで火傷でもしたのか!?」  美晴はひぃっと声にならない悲鳴をあげた。頭のてっぺんからつま先まで、ざあっと音をたてて血の気が引いていく。 「坊ちゃんっ! 坊ちゃん、坊ちゃん、悠理坊ちゃん、悠理ーっ!!」  悠理の名前を呼びながら、美晴は両手で力いっぱい窓ガラスをたたいた。  だが床にうずくまる悠理は、腕を抑えて泣きじゃくるばかりで、窓の外に気づく様子もない。 「いたい、いたーいっ!」 「悠理、大丈夫!? 今行くからね! お願い、こっち見て、窓開けてっ!!」 「どきなさい、美晴! 窓を割る!」  美晴を押しのけ、史彦がこぶしを窓ガラスに叩きつけようとした。 「無理です、旦那さま!」  美晴は慌てて周囲を見回した。  庭先に置いてある物干し台が目に入る。  そこから、ステンレスの竿を取り、史彦に差し出した。 「旦那さま、これ!」 「ああ!」  史彦も迷わなかった。長い竿を振り上げ、力いっぱい窓ガラスに叩きつける。  鼓膜を突き破らんばかりのすさまじい音が響き、子供部屋の窓ガラスが粉々になった。  間髪入れず、セキュリティシステムの警報が近所中をたたき起こす勢いで甲高く響き渡った。
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