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「あんなに感情を剥き出しにした悠理は初めてだ。今日、初めて悠理の本当の気持ちを聞いた気がする」
「旦那さま……」
「あの子の本心を引き出してくれたのは、きみだ。美晴くん」
ひとりごとのようにつぶやいた史彦の言葉も、もしかしたら彼が初めて誰かに打ち明けた本当の気持ちだったかもしれない。
「あいつが瑠依子のことを――別れた妻のことをあんなに覚えているとは、正直思っていなかった。離婚した時、あいつはまだ三才だったから。俺は……、あいつのことを何もわかってなかった」
「坊ちゃんはちゃんとわかっています。お父さまが毎日一生懸命働いているのは何のためか、お父さまが一番大切にしているのは誰なのか……、ちゃんと全部、わかってます」
「そうか……」
ため息をつくようにつぶやき、史彦は小さくうなずいた。
「悠理は――あれでいいんだ。無理に感情を押し殺して、言いたいことも我慢するなんて、あいつにはまだ早い。思ったことは全部、俺にぶつけていいんだ。……家族なんだから」
――ほんとに、似た者親子なんだから。このふたり。
本当は互いにちゃんとわかっている。一番大切なことは何なのか、大切な人は誰なのか。
ただあまりにも不器用で意地っ張りで、それをうまく相手に伝えることができていないだけだ。
誰かがあいだに入って、ふたりの気持ちを仲介してあげられれば良いのだが。
――でもそれは、あたしの役目じゃない。
たかがハウスキーパーが、それももうすぐ本職と入れ替わって高幡家を去る臨時の代理が、そんな役目が務まるなんて思い上がってはいけない。
たとえどんなにそうしたいと、おふたりに幸せになってもらいたいと、願っていたとしても。
――なんにもできない。あたし、こんなにも……役立たずだ。
自分にできるだけのことをやってきたつもりだったのに、ふたりの気持ちに全然手が届いていない。
美晴はうつむいた。思わず涙がにじみそうになった目元を史彦に見られたくなくて、膝を抱えて顔を伏せる。
「どうした? 寒いのか?」
史彦は着ているスーツの背広を脱いだ。ぬくもりの残るその上着を美晴の肩に着せかける。
「旦那さま!? だ、だめです、こんな――。あたし、平気ですから!」
「いいから着ていなさい」
さらに史彦は美晴の肩に手を回し、無造作に抱き寄せた。
「もう少しこっちへ寄りなさい。さすがに冷えてきた」
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