第1章

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 夏月はガラス玉のような眼をして、ぼんやりと天井を見上げていた。  身体の上では、見知らぬ男がぎくしゃくと動いている。  少し視線をずらせば、薄くなった髪や脂ぎってべたべたした肌、たるんだ顎に浮くまだらの無精ひげが視界に入る。  それらを見ているのが嫌で、かと言って眼を閉じると男に何をされるかわからない恐怖があり、天井ばかりを見つめているのだ。  男は夏月の胸を掴み、脚を持ち上げ、裏返し、身体中をべちゃべちゃ舐め回した。  そして股間の醜悪なものを夏月の中へ押し込み、息を荒げながら身体を揺する。  狭い部分を無理やりに押し広げられ、ぎしぎし擦られる痛みにも、もう慣れた。  ――こんなことが気持ちいいだなんて、みんなどうかしている。  白く濁った脳裏に、そんな思いがかすめる。  SEXなんて、男が勝手に欲望を吐き出すだけのこと。  別に相手が夏月でなくても、彼らは一向に気にしない。女の形をした肉の塊があれば、それで満足なのだ。  男がうめく。まるで牛の歯軋りだ。  じっとりと全身に脂汗を浮かべた、男の身体。  肌が触れ合うだけでも気色悪いのに、男の荒い呼吸が耳元にかかる。  煙草とアルコール臭の混じった生臭い息に、おぞましくて鳥肌が立つ。  その臭いは、いつも夏月に遠い昔を思い出させる。 「いい子だ、夏月。おとなしくしてろよ。母さんには言うんじゃないぞ」  ――あの時も、そうだった。  怖くて気持ち悪くて、声を出すこともできなかった。  あれはいつのことだったろう。  中学生、小学生――いや、もっと昔? 「ちょっと我慢してろ。そしたらまた、好きなもの、何でも買ってやるからな」  粘ついた声でそう言って、夏月を暗い小部屋に連れ込んだのは、湿った畳の上に押し倒したのは、あれは誰だったろう?  やがて身体の中に生ぬるい何かがぶちまけられるのを、夏月は感じた。  重たい男の身体がどさりと降ってくる。  ぜいぜいとうるさい呼吸が耳元にかかった。  最初から最後まで、夏月はただぼんやりと天井を見つめているだけだった。 ?
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