序 闘刀

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「どうした、柳生十兵衛。」 八相に構えた十兵衛に、武蔵も半身自在の構えで対する。 「騙し合いは、性に合いませぬ故。」 小細工で及ばぬ上は、正面から堂々と剣を合わせるのみ。 十兵衛は、そう・・・ 「では、その口の中の物も、捨てるが筋、かな。」 「・・・」 更に、先手を取られた。 己をも騙す程に念じる事が出来たならば、武蔵をも出し抜けるのではないか・・・ その考えが甘かった、と知り。 ぷ、と。 ”数本の針”を、吐き出した。 「含み針とは。やはり柳生新陰流、油断のならぬ技よ。」 「・・・」 「しかしの、十兵衛。」 「何でしょう。」 「剣のみの技量を問えば、儂とお前では、一日どころか、二十年以上の長が、儂にはある。」 「・・・で、しょうな。」 「が、老いた分、お前に力で押されれば、儂にはちと自身が無い。」 「何が仰りたい。」 「儂とお前は、どっこいどっこい、と言った所じゃろう、の。」 「それは、光栄に存じますな。」 「つまり、の。」 にたぁ。 武蔵の口許が、不気味に歪む。 「お前がその含み針を使わば、儂が気付いていようが関わり無く、その分でお前の勝ち、じゃった。」 「・・・!」 思わず、十兵衛は地に落ちた己の針に目を向けてしまった。 その、瞬間。 「うっ!」 些細な動揺。 微かな、隙。 武蔵はそこを突いたのだ。 上段から振り下ろされる太刀は、十兵衛を唐竹に両断せんと迫り来る。 そして。 武蔵は、二刀を抜いているのだ。 躱し様によっては、弓手の脇差しの餌食になる。 『考えるな!』 十兵衛は己を叱咤し。 そして。 『・・・ほぉ。』 素早く、かつ大きく。 太刀の間合いを外して後退した十兵衛に、武蔵は内心、少し驚いた。 あの瞬時に、それ程の動きが出来るとは、流石・・・ と。 「何っ!?」 しかし。 十兵衛の動きは躱すのみで終わらなかった。 後ろ脚が地を蹴り、再び武蔵の懐に飛び込まんとして来る。 「悪し!」 太刀は振り切り、その瞬時に自在を求められぬが、脇差しがある。 迫る十兵衛の胴を狙い、横薙ぎに・・・ 「!」 しかし、それも空振った。 十兵衛は更に軸足で地を踏み、脇差しの間合い分、引いたのだ。 『何のっ!』 『貰った!』 武蔵と、十兵衛。 両雄の眼差しが、同時に光を帯びた。
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