序 闘刀

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「うおぉ!」 十兵衛が、太刀を袈裟に振り下ろす。 「むうぅ!」 武蔵が、脇差しを切り返す。 「はぁっ!」 「けぇっ!」 きゃん! 裂帛の気合いと、刃が交差した。 「・・・う。」 武蔵は飛ばされ、遥か後方に着地する。 「・・・」 十兵衛は太刀を振り切ったままの姿勢で、きっ、と武蔵を睨む。 『流石に、梟雄と呼ばれた男じゃわい。』 自分を弾き飛ばした振り下ろし。 何より、こちらの体勢の乱れを誘った、身のこなし。 武蔵の背中に、じっとりと汗が浮く。 『一筋縄では、行かんな。』 『何と巧みな・・・』 崩れた身にも関わらず、切り返して来た、技量。 何より、力負けを覚った瞬間、こちらの振り下ろしの威力を利用し、後方に逃れた判断の早さ。 十兵衛の肌に、鳥肌が立つ。 『身を捨てねば・・・勝てぬ。』 「む!?」 武蔵が、目を見張った。 十兵衛が、徐(おもむろ)に、納刀したのだ。 「何のつもりだ、十・・・」 そしてそのまま、身を大きく屈める。 まるで、掴んだままの太刀の柄を、その身で隠すかの如く。 『・・・あれは・・・!』 その構えには、見覚えがある。 それは、確かに。 『面白い。』 武蔵の口許が、我知らず吊り上がる。 『この七年。”それ”に挑んで見たい、と思うておった。』 「ふふふ・・・」 思わず、声が漏れる。 「では、参るか。」 左右の大小を、八の字に構える。 『一体、何だ?』 十兵衛は武蔵を目視せず。 ただ気配のみで、その所在、動きを探っていた。 が。 『何を・・・笑う?』 背筋に悪寒が走る。 そして。 『・・・考えるな、十兵衛。』 即座に己を叱咤し、立て直す。 『身を捨てる、と決めたではないか。』 総身に、力を込める。 「はぁっ!」 武蔵が、駆け出す。 「・・・」 十兵衛が、迎える。 『来た!』 気配が、足音が。 間合いに、入った。 「けぇい!」 と、同時に、十兵衛が抜き打つ。 居合の太刀である。 が。 『躱された!?』 十兵衛の太刀は、虚しく宙を斬った。 しかし。 予想された剣撃もまた、襲っては来ない。 「・・・武蔵殿!?」 直後、十兵衛が見た物は。 一足の前で。 地に倒れ伏した、武蔵の姿だった。
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