序 闘刀

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「武蔵殿!武蔵殿!」 十兵衛は思わず駆け寄り、武蔵の身を抱き起こした。 「これ。立ち合いの最中と言うに。」 武蔵は薄らと瞼を上げ、力無く叱咤する。 「それ所ではありませぬ!」 「仕様の無い奴じゃ・・・」 武蔵はふふ、と小さく笑う。 「しかし、それが終わるまで保ってくれんとは。儂もいよいよ、老骨じゃわ。」 「・・・」 十兵衛には、掛ける言葉も無い。 「しかし、あそこで倒れねば・・・」 武蔵の眼差しは、宙を彷徨っている。 「お前の”九早薙ぎ”で、首を刎ねられていたじゃろうが、な。」 「・・・!」 十兵衛は目を見開く。 「武蔵殿!何故、九早薙ぎの名を!」 「己が総身を発条(ばね)と成し、柄を握る手を箍(たが)として、抜くと言うよりそれを外す事により、技を出す機を読ませず、神速の抜き打ちを可能とする。更に身で柄を隠す事により、刃筋をも予測させぬ・・・恐ろしい剣技じゃ。」 「武蔵殿!」 「一度、その技に入られれば・・・躱す術は、無い、の。」 「武蔵殿!お答え下さい!」 「・・・七年前の、島原で、の。」 武蔵は急かす十兵衛に苦笑しつつ、ぽつり、ぽつりと語った。 「鎖を自在に操る天草四郎と、森宗意軒を討った武芸者がおった。」 「な・・・!」 「森宗意軒は、彼の抜き打ちを見て、言ったのじゃ。”見事な九早薙ぎ”と・・・」 武蔵の言葉の、その余りの内容に、十兵衛は暫し唖然としつつ 『島原の乱の裏に、おろちの暗躍があったのか・・・』 ただ、その事のみを覚った。 「今度は、お前が応える番じゃ。」 「は?」 その声に、十兵衛は我に返る。 「何故、お前が、あの者と同じ技を使う。」 「・・・」 語るべきか、語らざるべきか。 しかし、十兵衛の逡巡は短かった。 「武蔵殿が御覧になったのは、恐らく”八業のおろち”同士の、戦に御座る。」 「・・・八業?」 「はい。おろちとは、古代、出雲を治めていた王の名。八業とは、八つの業と書き、その王家秘伝の武技に御座る。」 「それが、お前と・・・」 「我が、柳生家は。」 十兵衛の声に、力が込められる。 「その王家の傍流にて、武技を託され、研鑽した一族。」 「何・・・!」 「柳生、の名も、元は”八技流”でありました。」 一陣の風が、ざわ、と草を揺らした。
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