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「未だ見えぬか」
何度問われたか分からない言葉に苛立ちながら、源九郎義経は物憂げに天を仰ぎ同じ言葉を繰り返す。
「未だ雨雲見えず」
神泉苑の一角に設けられた祈雨場は砂埃が舞い上がっていた。
通常なら池に水が湛えられ朱塗りの橋も美しく目に映るのだが、砂塵の霞の向こう側となっては何とも忌まわしく思えた。
「僧達の読経も届かぬか・・・」
目前には百人もの高僧と呼ばれる者達が並び、襲いかかる砂塵に咽びながらも必死の思いで読経を繰り返していた。
ここ三年程続く日照りは深刻を極めている。作物は育たず水さえも手に入らない。
口にする物が無い弱い者から神は容赦なく天へと導いていく。一つ門外へ出れば、やせ衰え棒きれのようになった骸が転がっていた。
「何がなんでも雨を降らせよ」
嘆きいきり立つ人物・後白河上皇に、義経は静かに目を向ける。
上等な着物を纏い、宮中奥に住まう者に、昨今の惨状が何程分かっていると言うのだろうか。
義経の心に嘲る気持ちが鎌首をもたげる。
己の威光の為に必死になっているに過ぎん…
そう思うが、宇治川の戦いで傍若無人な木曽義仲を京より追い落とし、幽閉されていた後白河上皇に政権を戻したのは、ほかならぬ己だった。
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