第一章

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鬼道丸のねぐらは、鴨川の向こうの清水寺の坂下にある。 そこは、表向きは八坂神社の庇護(ひご)を受ける貧しい人々が住まう場所であったが、実のところは脛(すね)に後ろ暗い傷を持つ連中がいくつもの群れに分かれて生活する、一種の無法地帯だった。 鬼道丸も当然とある一つの群れの一員だ。  鬼道丸の群れの親方は、一応行き倒れの死人の弔いをする清め坊主だという触れ込みだが、何のことはない。内実は、ただの盗賊の親玉だった。  鬼道丸はこの親方に赤ん坊の頃に拾われ、それ以来ずっと群れの中で育ったのである。 こんな群れで育てば、男の子はいずれ盗賊の一味に、女の子は遊女屋にでも売り飛ばされるのがおちだ。  だが、幸いなことに、鬼道丸はそろそろ盗賊働きの手伝いをしなければならない年になっても、それを無理強いされることはなかった。 もちろん、ひょろりとした痩せぎすで背もあまり高くない鬼道丸は、剣や薙刀(なぎなた)を自由に振り回せるほどの力もなく、荒っぽい生業(なりわい)には向いていない。 その代わり、鬼道丸は野育ちの割には色白で、すっきりと整った目鼻立ちは悪くはなかった。薄い唇や切れ長の眼差しには、何やら品のようなものさえ感じさせる。  小綺麗な童水干(わらわすいかん)などを着せると、ちょっとした良家の若様に見えた。 それで、親方は彼が十歳になると、鬼道丸などというこけおどしな新しい名と今着ている水干を与え、この一条戻橋で辻占をして稼いでくるようにと命じたのである。  だが、親方が占いを商売にしろといったのは、鬼道丸の容姿のせいばかりではない。  鬼道丸にはある不思議な力が備わっていたからである。 死人の姿が見える。  それが鬼道丸の生まれ持った能力だった。 鬼道丸が物心つく年頃になり、自由にしゃべれるようになった時、その力に気づいた大人たちはみな震え上がった。だが、豪胆な親方だけはこう嘯(うそぶ)いたそうだ。 「ほう、そうか。それはまた、面白い力を持っているものだな。ほおっておけ。いずれは上手い使い道もあろう」  そう言ってにやりと笑うと、親方は小さな声で付け加えたものだ。 「やはり、お前は地獄からやってきたのかもしれぬ」
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