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250兆分のイチ
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あぁー。と清水は、向かいの席に座る同僚の小沢に愚痴を溢したのち、うなだれていた。
「いい加減忘れろよ。清水」僕は自分のコップに瓶ビールを注ぎながら言う。
「忘れようと努力してるんだよ、こっちは」
清水は椅子にもたれて、子供のように下唇をヌッと突き出す。
「けどよ、つい思い出すんだよ。毎朝起きると台所で俺に朝食を作ってくれてる彼女の姿をよ」一週間だけだろう、と言いかけたが、傷を抉ることはよそう、と代わりに注いだビールに僕は口をつける。
あんな事もあったな、などと目の前の清水は
昔観た映画のシーンを思い浮かべて懐かしむ様に目を閉じ頷いていた、と思っていたら、今度は泣き出した。
「何で俺じゃなくて、中年の親父なんかに」
清水の彼女、岡村歩美は勤め先の四十を過ぎた男と浮気していたのだった。
そして、浮気をしてすでに一年にもなるというのだから、僕は驚きを越えて、よくそこまで隠せましたね、と拍手を送りたかった。
「ダメだ、呑み足りない」
忙しく店内を駆け回る店員を捕まえて、清水は、焼酎を注文する。直様、店員が襟元につけたマイクを通してオーダーを通す。
他にご注文は。と店員が聞いてきた所で、清水が赤ら顔で、話しだした。
店員は、失礼します、と笑顔で僕たちにお辞儀をしたあと、また店内を駆け回りだした。
「歩美と結婚しようと思ってたんだ」
「そうなのか」
「互いの両親には、もう会っててさ。歩美の両親も凄い応援してくれていたんだよ」ふぅ、と小さく溜息を清水が吐く。
その小さな目に見えない溜息の空気は、清水の魂が彼の身体から抜けていき、一つ吐く度に清水自身が消えていきそうに思う。
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