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「宇佐美くん、覚えてないですよね」
正気に戻った時にさっきの記憶が残っていたら、照れ屋な宇佐美くんのことだから二度とボク達と目を合わせてくれないだろう。
宇佐美くん自身の為にも記憶が残りませんように、とすっかり夜の帳が下りた空に浮かぶ真ん丸なお月様に願う。
「たぶんね。ウィスキーボンボンで酔っちゃったみたいだよぉって坊っちゃまにメールしといてあげよ」
スマホを取り出しメールを打ち始める桃ちゃん先輩。
今送っても酔っていつも以上に可愛くなっちゃってる宇佐美くんに夢中で世が更けるまで気付かないんだろうな、と思いながら液晶が放つ光で浮かび上がる桃ちゃん先輩の横顔を眺める。
はっきりとした顔のパーツと触り心地が悪そうな金髪でチャラそうだけど、ニコニコの笑顔が心を和ませてくれて、老若男女から好かれている桃ちゃん先輩。
チャラい外見は、患者さんとの垣根を低くするためらしい。
医者だからって崇められるのは嫌なんだって。
親しみを感じてもらい、見下されるくらいの方がいいんだそうだ。
その為に厳格なお父さんに煙たがられてもチャラい格好を続けている、根っからのお医者さんなんだ。
「まだ映画まで一時間以上あるねぇ」
メールを送り終えた桃ちゃん先輩がスマホで時間を確認して、どうしようかと訊ねるように首を傾げてくる。
「この先にビリヤードがあったから、時間までやりに行きます?」
「行くぅ!」
嬉しそうに頷いた桃ちゃん先輩と並んでビリヤード屋を目指す。
「他の患者さんとも遊びに行ったりするんですか?」
「ん? 行かないよ」
「どうしてです?」
「線引きは必要だからね」
「ボクとは行ってもいいんですか?」
「だってエビちゃんは大事な後輩だからね。エビちゃんなら治療じゃないエッチもOKだよ」
「挿れられて気持ちよくなりたいだけでしょ? ほんと変態ですね」
後輩だからってはっきり言っているのに、ボクは特別だって言われたようでときめいた胸がバレないように、呆れたように溜め息をついても、桃ちゃん先輩はいつものニコニコ笑顔を浮かべている。
その笑顔の仮面の下はどんな表情を浮かべているの?
知りたいけど、知るのは怖い。
だからもう少しこのまま、桃ちゃん先輩の患者でいさせて。
ビリヤード楽しみだねぇ、と無邪気に笑う桃ちゃん先輩を照らすお月様に、またお願いする。
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