402人が本棚に入れています
本棚に追加
不安が消え、空っぽの胃が飯はまだかと騒ぎ始めた。
「雅臣達は朝飯食ったのか?」
「いえ、まだ頂いていません」
「これ……」
母が作ってくれたサンドイッチの包みを持っていたはずの右手を上げるが、そこには何も握られていない。
「あれかしら?」
ちょこんと首を傾げながら千鶴さんが指差す玄関を上がってすぐの所に、アルミの包みが落ちていた。
浴室から出てきた千鶴さんと目が合った時、雅臣に浮気をされたと勘違いしてショックで落としてしまっていたんだろう。
サンドイッチを取るため立とうとしても、雅臣が蛸のように絡み付いていて動けない。
離せ、と怒るように身を捩っても、腰に回された腕の力は弱まることなく寧ろ強まっている。
仕方なく、雅臣をヤドカリの家のようにくっ付けたまま這ってサンドイッチの包みを取りに行く。
「これ朝食用にって母さんが持たせてくれたんだ。でも二人分しかない」
ただでさえ腹が減っていたのに、千鶴さんとの関係を疑ってしまって高速コンピューター並みに様々なことを考えたため、脳も疲れて栄養を欲しているのかいつも以上に腹の虫が鳴いている。
雅臣と二人で分けても足りないかもしれない空腹具合なのに、三人で食べたら全然足りないぞと腹の虫が暴動を起こすのは確実だ。
「千鶴の分は必要ありませんよ。さぁ、お母様のサンドイッチを頂いてデートに出発しましょう」
俺の脇の下に腕を差し込み、無理矢理立たせる雅臣。
「千鶴さんの分がいるだろ」
雅臣が俺の家族を大切に扱ってくれるように、俺も雅臣の家族を大事にしたい。
俺達を応援し、雅臣に代わって跡を継ぐと言ってくれている千鶴さんなら尚更にだ。
「千鶴はすぐに帰るから心配ありませんよ」
「私、帰らないわよっ!」
雅臣の言葉に対し、おしとやかなお嬢様とは思えない金切り声を出した千鶴さんに、吃驚して肩が跳ねる。
大丈夫だ、と宥めるように背中を撫でてくれる雅臣を、怒りで顔を赤く染め涙目で睨んでいる千鶴さん。
「オニに連絡しておきました。じきに迎えに来るでしょう」
「あんな奴の顔なんか見たくないわっ! それと兄様、もう何度言ったか分からないけれど、キトウは鬼の鬼頭ではなく糸へんの紀藤よ」
紀藤が何者なのか分からないが一条の関係者なのは確かだろう。
相変わらず他人の名前を正確に呼ばない雅臣に吹き出しそうになる。
最初のコメントを投稿しよう!