お花見デート

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廊下でそんなやり取りを繰り広げていると、タイミングを見計らったようにチャイムが鳴った。 恐らく件の紀藤が訪ねてきたのだろう。 「嫌よ、帰らないわ」 怒りの籠った声で呟きプイッと玄関の扉から顔を背けた千鶴さんが、寝室へと入っていく。 ガチャッと鍵の閉まる音がしたので、籠城を図る気なのだろう。 天照大御神を気取る妹に呆れたように溜め息をつきながら、玄関の扉を開けに向かう雅臣。 一人で行けばいいのに、一心同体だと言わんばかりに俺の肩を抱き一緒に連れていく。 扉を開けた先にいたのは、佐久間くらいの長身の体に濃紺のスーツを纏い、後ろに流した黒髪と切れ長の目に掛けた銀フレームの眼鏡が出来る男を感じさせる、有能な秘書といった感じの三十路くらいの男だった。 「千鶴様がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありませんでした」 「本当に困りましたよ。ちゃんと手綱を締めておいてください」 「はい。申し訳ございません」 抑揚のなさが冷たさを感じさせる無機質な低い声で謝る紀藤と思われる男が、やっと存在に気付いたように俺を見る。 「お初にお目にかかります宇佐美様。私は一条総帥の第二秘書をしております紀藤と申します。雅臣様がお世話になっております」 事務的に言い頭を下げた紀藤が顔をあげると、一瞬微笑んだように見えた。 軽蔑の眼差しで見られたら嫌だな、と思った願望が見せた幻だろうか? 銅像のように表情が動かず全く感情の読めない顔を眺める。 「お爺様から、ついでに僕の様子も見てくるように言われているんでしょう? 拓也とラブラブだと報告しておいてください」 紀藤を見つめていたのが気に入らないのか、見せ付けるように頬にキスをしてきた雅臣。 初対面の相手の前での暴挙に羞恥で顔が火照り、この場から逃げ出そうと藻掻くがきつく肩を抱く腕が離れない。 「ラブラブですね、承知しました」 手帳を出し律儀にメモを取る紀藤を、脱出を図ったのに何故か抱き締められている雅臣の腕の中から唖然と見遣る。 紀藤は優秀すぎる人種にいがちな変わり者なのか、はたまた人間ではないのか。 一条ほどの大財閥だから、アンドロイドが秘書をしているのかもしれない。 紀藤のことを考えているのに気付いたのか、また雅臣がキスをしてきた。 額、瞼、鼻、とマーキングのように落とされるキスを避けるため、胸に顔を埋める。
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