403人が本棚に入れています
本棚に追加
/346ページ
「千鶴様はどちらにいらっしゃいますか?」
「寝室です。左手の最初の扉がそうです」
「承知しました」
雅臣の胸に埋る俺を挟み、会社で業務連絡をしあうように会話をする二人。
紀藤が横を通り過ぎる気配を感じ顔を上げると、寝室の前に電池の切れたロボットのように突っ立っていた。
「さぁ、僕達は朝食を摂ってデートに出掛けましょう」
「紀藤さん、放っておいていいのか?」
「流石に戻る頃には帰っているでしょう」
「戻る頃って……」
昨日うちで夕飯を食べている時に、明日の夕食にかつての一条のシェフが経営しているレストランを予約したので俺の分の用意は必要ない、と母に申し訳ないと頭を下げていた雅臣。
一年前のオープン以来ずっと来て欲しいと言われ続けていて、正直に味の感想を延べるのを条件に無料で食べさせてくれるとのことで、大財閥である一条の元シェフという肩書きから高級レストランなのでは、と身構えていた両親も胸を撫で下ろして外食してくるのを了承してくれた。
あまり遅くなると心配だろうから九時前には帰宅するつもりだ、と真摯に両親に告げていた雅臣。
キリッとした頼りがいのある顔で話す姿は俺は勿論、両親も魅了してしまった。
今みたいな独占欲丸出しでガキみたいに俺に纏わりついている姿なんて想像できない、老若男女が心を奪われてしまう精悍な顔付きを思い浮かべ頬が熱くなってくる。
昨夜の格好いい雅臣を思い出して、ぽうっとなっている場合ではなかった。
「夜まであのままなのか?」
「オニは千鶴の秘書になる予定ですから、なんとかするでしょう」
「そうか、千鶴さんは一条の後継者だもんな」
家の者と喧嘩をして飛び出してきて迎えが来たら拗ねて部屋に閉じ籠ってしまう、我儘な女の子の部分もあるが、俺と雅臣のキスを目撃しても動揺せずに優しく見守ってしまうおおらかさを持っている。
雅臣は千鶴さんは跡を継ぎたがっていたと言っていたが、籠から飛び立とうとしない雅臣を見兼ねて泥をかぶってくれたのではないだろうか。
「昔から千鶴の夢は一条を継ぐことでしたから安心してください。オニも仕事に関しては優秀ですから千鶴をサポートして一条を守り立ててくれるでしょう」
俺の抱いた不安を感じ取ったのか、全ての負の感情を払拭するような優しい声で告げながら髪を撫でてくれる雅臣。
髪の間を通る指の心地好さを感じながら、千鶴さんの明るい未来を願った。
最初のコメントを投稿しよう!