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僕達がいない方がオニも説得しやすいでしょう、と移動を促す雅臣に頷き、寝室の向かいにあるキッチンに入っていく。
「なんかいい匂いがする」
「実は、弁当を作っていたんです」
旨そうな出汁の香りに鼻をひくつかせていると、二人掛けのダイニングテーブルに置いた高級そうな蒔絵のお重の蓋を開けて自慢気に中身を見せてくれる雅臣。
あの旨かった卵焼きに筑前煮、ブリの照り焼きにアスパラの牛肉巻き、煮豆にいなり寿司、と渋めだが花見にはピッタリの和風なおかずが詰まっていた。
「凄いな。食べるのが楽しみだ」
「桜の下で頂きましょうね」
俺の反応が嬉しかったのか、蕩けそうな笑顔を浮かべて扇の描かれた蓋を閉める雅臣。
「まずは拓也のお母様の作ってくださった朝食を頂きましょう。紅茶を淹れますから、座って待っていてください」
「あぁ」
ダイニングテーブルの椅子を引き腰掛けて、コンロで湯を沸かす黒いパジャマ姿の雅臣の背中を眺める。
あの格好ということは、起きてすぐに弁当を作ったってことだろうか。
よく味が染み込んでいそうな色をしていた煮物系は昨日作ったやつかもしれないが、今日のために前日から弁当の仕込みをして朝から作業をしていたということだ。
俺に食べさせるために、俺が喜ぶ顔を想像して作ってくれたのかと思うと、胸がいっぱいになる。
昼にはしっかり味わって腹もいっぱいにしよう。
食べるのが楽しみで堪らないな、と見た目で旨いと分かる料理の入ったお重を見つめていると、目の前に湯気の上がるカップが置かれた。
「頂きましょうか」
「あぁ。色々ありすぎて忘れてたけど、腹ペコだったんだ」
向かい合って座る雅臣と一緒に手を合わせ、サンドイッチの包みを開け念願の朝食にありつく。
いつも通りの平凡だか温かい母の味を、雅臣も目尻を下げて旨そうに食べてくれている。
淹れてくれた紅茶にはちゃんとミルクと砂糖が入っていて、絶品のミルクティーを堪能しながら、早く早くと消化するものを求めて蠢いている胃にサンドイッチを収めていく。
「ごちそうさまでした。お母様にとても美味しかったと伝えておいてください」
「アンタが直接言った方が喜ぶぞ」
「そうですね。次に夕飯をお呼ばれした時に伝えますね」
母の執拗な誘いに困惑気味だったのにまた食べに来てくれるんだ、と夕飯の時間も共有できることに嬉しくなる。
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