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「さぁ、出掛けましょう」
クチュクチュと淫らな水音を立て絡み付いていた舌が離れていくと、唾液の糸で繋がった先の雅臣が満足気な顔をして告げてくる。
薄暗い地下駐車場の狭い車内に二人きりという状況の中で異様に興奮し、違うと否定しながら雅臣以上に激しく舌を絡めて応えてしまった自分にはっとなり、顔を背け沸き上がってくる羞恥心に耐える。
俺の態度など気にしていないのか、気を遣って触れないでいてくれるのか、カチャッとシートベルトを締めてエンジンを掛け車を発進させた雅臣。
カタカタとシフトチェンジする音が聞こえ、横目でこっそり覗き見ると、シフトバーを握る大きな掌に血管が浮き上がっていた。
それがセクシーで、トクンと胸が高鳴ってしまう。
視線を上げると、前方を真剣に見つめハンドルを握る横顔がある。
逆光で陰の出来た顔は愁いを帯びているように見え、抱き締めて優しく包んでやりたい、母性本能のような気持ちが沸き上がってくる。
無意識にシフトバーを握る掌に伸びそうになった手を、はっとして膝に引き寄せる。
滑るように走る車に運転慣れしていると勘違いしそうだが、つい最近十八歳になった雅臣は免許取り立てのピカピカの若葉マークだ。
運転中に触れるなんて、危険極まりない。
手を握ろうとしたのを誤魔化すように車窓の外の流れゆく景色に目を奪われている振りをしながら、チラチラといつも以上に大人っぽくてセクシーさの増している気がする運転姿を盗み見る。
「一年も経っていないのに懐かしい気がしますね」
「へ、何がだ?」
「電車の車窓からこの景色を見たでしょ?」
言われた言葉で、雅臣しか映っていなかった瞳が初めて外の景色を認識する。
雅臣の後ろの土手には電車の線路が走っていて、白に青のラインの入った車両が丁度通り過ぎていった。
あの電車は、夏休みの終わりに山に出掛けた時に乗ったものだ。
左手を見ると、昭和初期にタイムスリップしたような町並みが広がっていた。
廃れた商店街を復活させるため、マイナス要素だった古臭さをプラスにして町作りをして成功した、と山に行った後ニュースで取り上げられているのを見て知った最近人気の観光スポットらしい。
まだ生まれていない時代の風景なのに何故か懐かしい気がする、と行きの電車の窓から見える景色に呟いたのを思い出した。
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