お花見デート

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「あの山に行くのか?」 「いえ、あそこより手前にある里山が目的地です」 夏に訪れた山へ行く時に通った道を走っているのでそう思ったのだが、目的地は違うらしい。 そういえば山で飲むと願いが叶うという謂れのある滝の水を飲んだ時、幸せな日々が訪れますように、と願って飲んだのだった。 記憶喪失で正体不明の幽霊だった雅臣から一刻も早く解放されたくて願ったのだが、あの時に思い描いたものとは違い雅臣は隣にいるままだが、願い通り幸せな日々は訪れている。 一生に一度しか願いは叶わない、と滝の脇に立てられた看板に記してあったので、もう願うことはできない。 雅臣と愛し合い、永久に共に幸せな日々を送れるのならば、他に願うことなどないので構わないのだが。 あの時、雅臣が早く成仏しますように、と願いかけて、一度きりの願いを自分以外に使うのが勿体無くてやめた自分を褒めてやりたい。 雅臣が成仏してしまっていたら、胸が張り裂けそうなほどに愛する人を想う切なさも、愛する人と愛し合える幸せも知ることはできなかっただろう。 雅臣以外に心も体も全てを晒け出している自分など想像できない。 運命なんて迷信じみたことを信じていなかったが、雅臣との出会いに関しては運命の赤い糸が存在するのではないか、と恋する乙女のようなことを本気で考えてしまう。 そんなことをつらつら考えていると、左折して線路の走る土手から離れていく車。 二車線の道路から一車線に変わり、バーゲンの行列のように途切れることなく並んでいた両脇の店も、空き地や畑を挟んでポツリポツリと建っているだけになり、やがて田んぼと時折民家が現れるだけの長閑な風景に変わった。 「此処、どの辺なんだ?」 「隣町の外れです。家から一時間半の場所ですから、そこまで遠くへは来ていませんよ」 それなりに街である家の周りとは時代が違うような印象を受ける田舎な風景に、だいぶ遠くに来たのかと思ったがそれほど距離は離れていなかったようだ。 まだ田植えがされておらず土だけの田んぼが続く茶色一色で寂しい車窓の外の景色を眺めながら、脳内に地図を広げてどの辺りにいるのか検討をつける。 夏に訪れた山と共に連なる山々の麓らへんを走っているのだろうか。 家の周りより標高の高いこの辺りならば桜はまだ散ってないだろう、と枝が見えないくらいに咲き誇る美しい姿を思い浮かべて頬が弛んでくる。
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