742人が本棚に入れています
本棚に追加
「琴音…自分の感情だけじゃなくて、もっと先生に目を向けてごらんよ」
感傷的になる私を真っすぐに見つめる恭子が、落ち着いた声色で言った。
「えっ……」
「先生は、本気で琴音を大切に思ってるんだよ。琴音を私に託した、あの先生の目を見てそう感じた」
「先生の目を?」
「うん。でもきっとその目は、二人が付き合うずっと前から琴音に向けられてたんじゃないかな。
琴音、遠くから見つめるだけの片思いはもう終わったんだよ?だから、もっと隣りに居る先生を見てあげなよ」
彼女はそう言って柔らかな微笑みを浮かべる。
かと思いきや、突然、私のお皿に手を伸ばしフォークでイチゴをブスッと突き刺し、そのまま口にパクッ。
「あっ……私のイチゴ」
「美味しい~!早く食べないとそのパンケーキも貰っちゃうよ」
恭子は甘酸っぱいイチゴを頬張りながら、ふふっと可愛らしく笑った。
――――午後6時55分。
ここは、港の中央広場に聳え立つ大きなクリスマスツリーの下。
夜空を飾る色とりどりの輝きを見上げ、私は一人寂し気な顔をして溜め息をついた。
今夜の催し物は、毎年恒例のクリスマスイベントの一つである【名古屋港スターライト・HA・NA・BI】。
定番のクリスマスソングと共に、海に浮かぶ台船から花火が打ち上がる。
海の香りが漂うロマンチックな夜空の下には、寒さに身を寄せ、愛を語らう恋人達の姿。
…待ち合わせ場所、公園の入り口にしておけば良かった。
侘しさに拍車をかける周囲から目を逸らして、未だ音沙汰無しのスマホを見つめた。
公園の柱時計が19時を指す10秒前。
「10!…9!…8!……」イベントの司会者である男女が声を合わせ、打ち上げのカウントダウンを始めた。
港の風に乗って流れるBGMは、マライアの「恋人たちのクリスマス」。
…どうして連絡くれないの?
まだ仕事が終わらないから?
それとも、もう私となんか会いたくないの?
響き渡るカウントダウンと共に私の目に涙が滲む。
「…3!…2!…1!」
満開の花が開くように、冬の空に真っ白な光が放たれた。
最初のコメントを投稿しよう!