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CHAPTER 2 氷雨の街
翌日、夏月が眼を覚ました時、窓の外は冷たく細かい雨に濡れそぼっていた。
――あれ……。ここ、どこだっけ……。
夏月はあたりを見回し、ぼんやりと考えた。天井や部屋の様子に見覚えがない。稲垣りつ子のマンションでもないし、客に連れ込まれたホテルのようでもない。ましてや、夏月が生まれ育った家でも――。
頭がはっきりしてくるにつれ、ようやく昨夜のことを思い出してきた。そっと寝返りをうつと、部屋の主人はまだ枕に顔を埋めて、小さな寝息をたてていた。
ギイを起こさないように、静かにベッドを降りる。
時計を見ると、そろそろ朝の通勤ラッシュが始まる時間だ。けれど雨のせいもあり、リビングもキッチンもまだ少し薄暗かった。
どうしよう。泊めてもらっって、髪まで綺麗にカットしてもらったお礼に、朝ご飯でも作ってあげようか。そうは思うものの、他人の台所では、どこに何があるのかもわからない。とりあえず、ケトルでお湯だけ沸かしてみる。
ケトルが沸騰を知らせてピーピー鳴り出した頃、ギイももそもそと起きてきた。
「あら、早いねえ……」
髪は寝乱れてくしゃくしゃで、うっすらとヒゲも浮いている。こうして見ると、彼もやはり普通の男だ。
「どれ。ちょっと顔見せてごらん」
ギイは夏月の細い顎に指をかけ、すっと上向かせた。
「あー、やっぱりまだ少し腫れてるわねえ。昨夜のうちに少し冷やしておけば良かったかしらね」
胸の奥で、どきんと心臓が飛び跳ねた。
ギイに触れられた部分から、じゅん、と熱い何かが広がる。やがて彼の指が離れても、その感触はひどく火照るものとなって、夏月の肌の上に残っていた。
「おなか空いた?」
「ん……。うん、ちょっと」
「じゃ、ちょっと待ってて。なんか作るわ」
ギイはキッチンに立つと、慣れた手つきで朝食の準備を始めた。
夏月は思わず、しげしげとその手元を眺めてしまった。男が包丁を持つところなど、初めて見る。ギイの手は思いの外器用に箸やフライパンを扱う。綺麗な指が踊っているようだ。
「こらぁ。ンなとこでぼけっとしてないで、着替えてらっしゃいよ。クローゼットの中の、どれでも好きなの着ていいから」
「え、うん……」
もう少しギイの指を見ていたいと、思ったけれど。
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