CHAPTER 2  氷雨の街

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いろいろと試してみて、結局夏月が選んだのは、Vネックのセーターだった。かぽっとかぶってウエストにベルトを巻けば、ワンピースのように見えないこともない。  メイクもせず、短くなった髪にはブラシをかけるだけ。けれどそれだけで、ごてごて塗りたくっていた時よりも、自分の顔がずっと好きになれるような気がした。  やがてキッチンからいい匂いが漂ってくる。トーストとコーヒー、かりかりのベーコンにカップスープ。 「はい、お待たせ」  二人、向かい合ってテーブルにつく。  こうやって一緒に食事をしていると、まるでずっと昔から二人でこんな朝を迎えていたような気がする。本当はこんなこと、もう二度とない筈なのに。ギイと一緒に朝の時間を過ごすことが、とても自然に思えてくるのだ。 「で……どうするの、これから」  食事が終わると、やがてギイは低くつぶやくように言った。 「渋谷に――あのクラブに、帰るつもり?」 「え……」  確かに、そろそろ稲垣りつ子が所有する『りぼん』のマンションへ戻らなくては、ギイが延長料金を請求されてしまう。マンションには、少女達が逃げ出したりしないよう、いつも見張りの目が光っていた。彼らは客と外泊している少女のこともすべて把握し、帰ってくる時間をチェックしているのだ。  もし夏月がこのままマンションへ戻らなければ、ギイに迷惑をかけるばかりではなく、りつ子の命を受けた男達が夏月を捜しに来るだろう。そして連れ戻され、凄惨な制裁を受けることになる。逃げた少女がそうした目に遭わされるところを、夏月も何度となく見せられていた。  濃いめのコーヒーをブラックで味わいながら、ギイは夏月を見つめる。 「他に帰りたいとこは、ないの? あるんなら言ってごらん。送ってってあげるから」 「帰りたい、とこ……って……」  その視線に、胸がつまる。 「好きでやってるわけじゃないんでしょ? あんなこと。そーゆー顔してるじゃない、あんた」  他の少女達と同じくうつろなふりをしていながら、夏月の眼の奥には何かが揺らめいている。何かを叫びたくて、必死に言葉を探している。――誰も気づいてくれなかった夏月に、彼は気づいてくれた。たった一晩、ともに過ごしただけなのに。
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