第一話 バレンタインの魔法使い

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 この体は鳴沢の体温を知ってしまった。  抱きしめられる力と、触れ合う唇の暖かさと、共に交り合う歓喜の熱を知っている。  抱かれたい。  キスしたい。  側にいたい。  せめて見つめていたい。  「日和……」と、あの優しい声で呼んでもらいたい。  こんなに近くにいても、鳴沢は遠い人だ。  寂しいと言えない寂しさが苦しくて、やはり自分には不相応な人だったのだと、眠れなくなる夜もあった。  それでも姿を見れば想いは募り、電話越しの声を聞くたびに涙が出た。 『泣かないで、日和……』  そう言った鳴沢の声を、何度も耳の奥でリフレインしては胸が痛んだ。  心配かけてはいけない。  面倒な男だと思われたくない。  だから、 「大丈夫」  と、鼻を啜りながら笑い声をたてる。  だってほら、 『愛しているよ、日和』  そう言ってくれるから。  キスも知らなかった。  愛される事も知らなかった。  何も知らないまま、必死で自分から逃げていた。  諦めてもいた。  そんな、先の見えない道に光を当ててくれた人。  想いが叶うとも思わなかった人。 「愛してる」  そんな言葉さえ追いつかないくらいに愛している。  わかって欲しくて強がりを言う。 「頑張ってね一也さん。おれも頑張るから」  今度はいつ会える?  いつ抱いてくれる?  キスだけでもいいよ。  触れるだけだっていいよ。  会いたいよ。  遠くからじゃなく、触れ合える位置で会いたいよ。  一也さんを確かめたいんだ。  言えない言葉を飲み込んで、おやすみなさいと言って携帯を切る。  繋がりが切れた途端に溢れる涙は、いつも止めようがなく、携帯を抱きしめる夜が幾日も続いた。
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