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「一也さん……」
呟いて俯いた。
会いたい。
会いたい。
胸が張り裂けそうに会いたい。
まるで我慢のできない子供だ。
抑えきれずにドアを開けてしまえば、鳴沢の名前を喚き散らし、しがみ付き、無様に泣きながらもっと愛して欲しいと訴えてしまう。
なんてみっともない。
こんなことではこの先、キタノグループのトップとして活躍する鳴沢の足手まといになってしまうだけだ。
いやもうすでに迷惑をかけているのではないか。
鳴沢の住む世界と、ただのベルボーイとでは考え方も意識もまるで違う。
鳴沢が自分に知らせなかった意味を、きちんと考えて受け止めなければいけないのだ。
どんなに会いたくても。
どんなに焦がれても。
ノックをしなければドアは開かない。
ノックをしてはいけない。
開けてはいけない。
一生会えないわけじゃないのだから。
鳴沢を信じていなければ。
それが、立場を乗り越えて、同性という禁忌を犯してまで、日和を受け入れてくれた鳴沢のために、自分が出来るたった一つのこと。
爪を立てるように拳を作り、ドアから一歩下がった。
胸が、体が、引き千切れそうに痛んだ。
もう一歩下がった。
「日和!」
ドアの開く音がしただろうか?
気配がしただろうか?
だがその声を聞いてしまえば、身も心も雪崩を起こしたように崩れてしまう。
鳴沢へ。
愛し過ぎてどうしていいかわからない人の元へ。
「一也さん!」
逃げようとしたのか、飛び込もうとしたのかもわからない。
腕を掴まれて足がもつれた時にはもう、鳴沢の腕の中にいた。
懐かしい匂いに包まれている。
それだけで泣いてしまいそうだった。
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