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「……いえ、ですから、菊之助は祖父ですって。婿養子っていうのはたぶん俺の父で……」
「あえ? あぁ、そういやぁちっと前に孫が生まれたとか言ってたっけか」
「あはは、えぇ、まぁ……」
この人にかかれば十六年という歳月も『ちっと前』になってしまうのだった。つくづく生きてきた時間のスケールが違う。
いつも押して歩いているくたびれた乳母車から取り出されたのは、街の老舗『次郎せんべい』定番のゴマ煎餅だった。ひと口齧れば香ばしいゴマの香りと、心地よい醤油ダレの塩味が疲れた身体に染みこんで行く。
「んまい」
まことに不本意ながら、これだけでもうちょっと頑張ろうかなんて気持ちになってしまうのだから身体というのは現金だ。
「そいで、あぁ、そうだよ、思い出した。このウチぁもう、お孫さんしか残ってねぇんだった」
「そう、それです。俺はその孫です」
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