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黒スーツを身に纏ったガタイの良い男達に囲まれ、1人の老人が布団の中に横たわっている。
死期が近いのか目も開けられず声もとぎれとぎれの老人は1人の男を呼ぶよう、傍で身動き一つ取らず佇んでいた部下の1人に指示を出す。
「きたか…」
呼ばれてきた男は衣服の上からでも解る程に鍛え上げられており、一挙手一投足全ての動きから洗練された空気を発し、苦労が見て取れる顔には悲痛の色が見える。
「親分…まだ死なんで下さいよ…」
「ふはっ…おりゃぁもう駄目だ…後の事は…任せたぞ、奥山…」
老人の体は癌に蝕まれていた。
肝臓癌を患い、リンパに転移した時点で死期を悟り、誰を跡取りにするか決心したそのときから薬も飲まず、やりたいことをやり、今日の今に至るまで元気に動き回っていた。
「親分…?」
少しずつ老人の胸の動きが長く、小さく成っていく。
残り少ない体力で必死に痛みを我慢しているのがその顔の歪みから解る。
噛み締めた奥歯は欠け、それをはき出す力ももう残っていない。
歪んでいた顔は少しずつ力の抜けた表情へと変わっていく。
(おりゃぁ恵まれていたよ…後を任せられるバカがいてなぁ…)
一つ小さなうめき声を出し、老人の動きが止まる。
「親分…?親分!?嘘でしょう…?まだ礼も言えてないんだ…まだなんも返せて無いんだよっ!悪ふざけは辞めて起きてくださいよ…!…くっ…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
奥山と呼ばれた男性の慟哭が響き渡る雨の日…老人、権堂次郎は73年に及ぶ人生に幕を閉じた。
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