歳月……

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´  翌朝、画一は、 Tシャツにジーンズにスニーカー……それに目深に被る野球帽と。 昨日とは違い、随分とラフな装いになった。  その格好にちょっと大きめのカバンを左肩に下げると、 「寝心地の良いホテルでした。また利用します」 と挨拶を交わしながらホテルを後にした。  画一はその脚で、成田エクスプレスに乗り込んだ。  乗り込んで忙しい息を吐きながら、窓際の席に腰を降ろした。  降ろして、しばらくそわそわしていたが、 落ち着くと野球帽を脱いで汗を拭きながら、封筒を取り出した。  画一は、取り出した封筒の開封口に息を吹き掛けると、 それを逆さにして軽く振って、出てきた手紙を開いた。  その手紙は何遍も繰り返し読んだ、母からのものだった。  手紙は、母が認めた最後のもので、 今では、遺言状となってしまった。  画一はその手紙に眼を通す前に、 車窓に流れる景色をぼんやりと眺めた。  眺めたのちに、持つ手に震える手紙の文字を追った。  追う文字は大きくて歪み、最後の力を振り絞って綴られていた。  画一は、その文字らを毎回追う度に、 包帯に巻かれた母の痛々しい姿が、浮かんできて仕方ないのだった。  母からの手紙は途中で終わっている。  その二日後には意識の戻らぬままに、 母志津子は息を引き取ったのだった。 『わたし もうじき死ぬ んだね わたし  バチがあたりました ね わたし  死んで お前 ひとり ない よ お父さ いる あの 人が が一の ゆるし  』  数枚の便箋に書き込まれたこの手紙は、ここで終わっている。 ´
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