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六本木交差点から外苑通りを南へ右の入ったところに、純(ジュン)の勤めるショットバーが、夜の都会(ネオン)の中に見え隠れしていた。
建ち並ぶビルの中でも、蠢く夜行動物のような雑居ビルの中だった。
ショットバー・ライフは、薄いモノトーンの室内に淡いダウンライトの明かりだけがぼんやり燈っていた。梁とテーブルの薄いチョコレート色の木目がくすんで見えた。
マスターがお気に入りのマイルスのトランペットやコルトレーンの憂いを含んだサックスの音色がゆるやかな時間を店の中に作りだしていた。
高校を卒業した純がこの店に勤め出して、半年が過ぎていた。都会で暮らすことに決めていた純が自分で探してきた店だった。
純の見た都会は、このショットバーの中に凝縮しているように思えた。ライフの入り口の思いスチール製の扉が、現実と夢の世界の境界線のように思えてこの店が好きだった。
ライフにやって来る客も、都会の夢を楽しんでいるように思えた。六本木は都会の夢を見せてくれる街だった。
放送局や芸能関係者も多くこの店にやってきていた。
年よりは大人びて見える純にとって、そんな店の客たちとの会話を楽しむことができた。
カクテルを作りながら、グラスの向こうに大人たちの人生模様(ライフ)がキラキラと燦めくように見えていた。
ライフの重いスチール製の扉が、やけに激しく開けられたある日の閉店間際の出来事だった。
酔った一人の少女が、足をふらつかせながら入ってきた。
少女は十五六才に見えた。濃い茶髪に、耳に幾つものピアス、白い膚に切れ長の眼をした、端正な顔立ちの少女だった。
カウンターに座り込むと腕を放げ出した。
「水割り」
大きな声で吐き捨てるように言うと、少女はそのままカウンターに顔を伏せた。
純が勤め出して、こんなことは今までに一度もなかった。
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