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僕の恋は、新しい水彩パレットに垂らした絵の具のような恋だ。
乗せたい場所に色は乗らず、予想外の場所に色玉を作る。そうしていつしか水量に限界が来て、ほろりと垂れていくのだ。
今はまだ垂れてはいないけれど、いつ溢れてしまっても仕方のないくらいには随分と前からこの思いを抱えている。
それでも、僕の恋は叶わない。
好きだと零してしまえば全てが終わる。
彼のすらりとした指先が、きっと僕の世界を崩すのだ。
「何ぼーっとして。あ、俺に見惚れてた?」
カラカラと笑い声を立てながら紡ぐ彼の冗談が、図星をついていることは珍しいことでもない。
それでも悟られないようにと、言葉を重ねるのだ。
「ミナキに見惚れるくらいならその辺の雑草にすら見惚れるっての。」
いつもの通りの素っ気ない返しにミナキはうっせと一言。
これもまた、常の返しである。
ミナキは何を思ったのか、上体を一度伸ばして、机に肘をついた。
その正面に僕が居るものだから、必然的に顔の距離が近くなる。
あぁ、何で。
じっと僕を見つめるミナキの瞳は軽く笑みを浮かべていた。
「サツキせんせ。ここ、分かんない。」
コンコンと鳴らすミナキの指先を視線で辿ると、開かれたままのテキストが目に入る。
そうだ、ミナキのテスト勉強に付き合っていたのだ。
ふざけて僕を先生と呼んだミナキの声が、軽く頭の中を一周して消えていった。
ミナキの指は、人生に意味をなさない数字の羅列をなぞって僕の指先に触れる。
じわりと僕の指先に彼の熱が移った気がした。
「......何。」
そのまま絡みついてくる指先に不快感はない。
ただ、僕の気持ちがミナキに伝わってしまうのではないかという不安感だけが自身に絡みついた。
だからと言って、この程度のスキンシップはこいつと付き合っていく上で気にしてはいられない。
過剰に反応してしまうとそれだけで僕の気持ちが暴かれてしまいそうで。
「ほら、ここ。早く。」
僕の手は、一回り大きいミナキの手によってシャーペンを握らされて数字の羅列へと導かれていった。
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