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声が震えていた。
本人は隠しているつもりだろうけれど、目は泣き腫らしてはらはら涙がこぼれている。
嘘つき。
俺は静かに手を伸ばして憂希の手を指輪ごと握った。
小さい、だけど暖かい。
こんな時、もしも俺が兄ならば何と言うのだろうか。
「俺を捨てないでくれよ」
どこからか情けないと声が聞こえた気がする。
ごめん、やっぱり兄貴みたいには言えない。
優秀な兄と平凡な俺。
似てるのは見た目だけだ。
それでも見た目は似ているから兄の代わりをつとめた事もある。
憂希と兄は怒ってくれたが、優秀な兄の代わりをするのは平凡な弟の役目だと思っていた。
どれだけ真似しようと兄になることは出来ないけれど。
そう言えば憂希だけは騙せなかったか。
あれは確か雨の日に傘を忘れた憂希を見つけた時だ。
兄の振りをして傘を差し出したら、笑われた。
「やっぱり2人は全然違うよ」
悪戯は失敗したけれど、ほっとしたのを覚えている。
俺を兄の代用品と見なかったのは彼女だけ。
だから捨てないで欲しい。
恐る恐る顔をあげると、憂希と目があった。
「馬鹿だね、本当に、馬鹿」
それから数ヶ月で彼女は亡くなった。
すべてを忘れ、人格すらむしり取られ、そして死んだ。
葬式はつつがなく済まされ、最後に憂希の両親が頭を下げた。
「今回は随分とつらい役割を押し付けた、本当にすまない」
「いえ、いいんです」
つらくはなかった。
寂しくはあったけれど。
「兄の代わりをするのが弟の役目ですから」
病気を調べた時、安心したのは内緒だ。
記憶が消えていく病気、でもそこには過程がある。
大事な記憶ほど最後に残るのだそうだ。
あの雨の日の言葉を期待してなかったと言えば嘘になる。
親でも見間違える一卵性双生児、それを見分けてくれる彼女が兄は、兄と俺は好きだったのだから。
だけど彼女が兄を求めるなら、それで救われるなら俺は兄の代用品でいい。
「おやすみ、兄さん義姉さん」
そして、さようなら。
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