第1章

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声が震えていた。 本人は隠しているつもりだろうけれど、目は泣き腫らしてはらはら涙がこぼれている。 嘘つき。 俺は静かに手を伸ばして憂希の手を指輪ごと握った。 小さい、だけど暖かい。 こんな時、もしも俺が兄ならば何と言うのだろうか。 「俺を捨てないでくれよ」 どこからか情けないと声が聞こえた気がする。 ごめん、やっぱり兄貴みたいには言えない。 優秀な兄と平凡な俺。 似てるのは見た目だけだ。 それでも見た目は似ているから兄の代わりをつとめた事もある。 憂希と兄は怒ってくれたが、優秀な兄の代わりをするのは平凡な弟の役目だと思っていた。 どれだけ真似しようと兄になることは出来ないけれど。 そう言えば憂希だけは騙せなかったか。 あれは確か雨の日に傘を忘れた憂希を見つけた時だ。 兄の振りをして傘を差し出したら、笑われた。 「やっぱり2人は全然違うよ」 悪戯は失敗したけれど、ほっとしたのを覚えている。 俺を兄の代用品と見なかったのは彼女だけ。 だから捨てないで欲しい。 恐る恐る顔をあげると、憂希と目があった。 「馬鹿だね、本当に、馬鹿」 それから数ヶ月で彼女は亡くなった。 すべてを忘れ、人格すらむしり取られ、そして死んだ。 葬式はつつがなく済まされ、最後に憂希の両親が頭を下げた。 「今回は随分とつらい役割を押し付けた、本当にすまない」 「いえ、いいんです」 つらくはなかった。 寂しくはあったけれど。 「兄の代わりをするのが弟の役目ですから」 病気を調べた時、安心したのは内緒だ。 記憶が消えていく病気、でもそこには過程がある。 大事な記憶ほど最後に残るのだそうだ。 あの雨の日の言葉を期待してなかったと言えば嘘になる。 親でも見間違える一卵性双生児、それを見分けてくれる彼女が兄は、兄と俺は好きだったのだから。 だけど彼女が兄を求めるなら、それで救われるなら俺は兄の代用品でいい。 「おやすみ、兄さん義姉さん」 そして、さようなら。
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