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ごめん、と彼はもう一度謝ってからそのまま私の横を通り過ぎていった。
普段なら感じが悪いと内心顔を顰めるであろう彼の行動は、何故か特に嫌悪感を抱かない。
不思議だと思うけれど、当然だとも思う。
だって、彼は特別だもの。
綺麗な夕焼けに染められていた彼は、その夕焼けすらも引き立て役にしてしまうほどのオーラがあった。
そんな人間が特別でないはずがない。
彼が走り去る瞬間にカラリと軽い音を立てた筆たちは、最初に私がぶちまけたときよりも、互いとの間隔を広げていた。
それを一つ一つ丁寧に拾っていく。
時たま生乾きの筆先に残っていた絵の具が手の甲に色玉を残した。
そこで、ふと彼の向かっていった先を見つめる。
この廊下の先には、先程私が居た美術室しかない。
彼は美術部員なのだろうか。
いつも美術部の活動のない日に美術室を借りている私には分からなかった。
ふんふんと鼻歌が無意識に零れ落ちていく。
今からまた、美術室に戻るのは容易いけれど、絵を描いている最中に邪魔をさせられる不快感は誰よりも私がよく知っているから我慢することにしよう。
筆を集め終わった最後に、投げ出されたスケッチブックを手に取る。
先程途中までしか描けなかった絵の続きが、初めて見えた気がした。
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