第1章

4/21
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
 私は、その真摯な眼差しから逃げたのです。  「あたしにとっては大事なことなの。……あたしの気持ちは知ってるでしょ? ねえ」  咲ちゃんの手が、肩を揺すぶります。私は人形のようになすがままです。まるで、糾弾されているような気分です。  「あ、ご、ごめん……ごめんね……」  訳も分からず謝ります。  「ごめんね、ごめん、ごめんなさい……」  「小由利……」  手が離れていきます。  「答えてくれないんだ……。答えられないってこと?」  「…………」  「分かった。それじゃ、あたしが勝手に決めちゃうから。小由利がどう思っているかを。それでいいね?」  「…………」  この期に及んでも、私はまだ何も言うことが出来ないのです。  しばらく、沈黙が続きました。私は初めて知りました。雨音がこんなに大きいなんて……。  「……小由利は、淳の事を何とも思っていない」  「あ……」  私はやっと顔を上げました。けれど咲ちゃんは、別の方向を向いて、こちらに滑らかな頬を見せています。  「それで決まりで、いいね?」  私は何も言えず、ただ雨音だけが意味の無い答えを、咲ちゃんに語りかけています。  「じゃ、早く作っちゃおうよ」  咲ちゃんは何事も無かったように、花輪作りに戻りました。私も手元に視線を戻します。  無意識……というものでしょうか。私は、手の平にある花輪を握りつぶさないようにして、拳を握りしめていたのでした……。  (集中力が……)  頭の中にさっきのやり取りが渦を巻いていて、目の前の花に集中する事が出来ません。既に、あたりは薄暗くなってきています。咲ちゃんの方はとっくに終わり、あごに両手をついて、あらぬ方を見つめているようです。  (早くしなきゃ……)  けれそ、気ばかりが焦って、手の方は一向に意のままに動こうとはしません。背中に汗がびっしょりと浮かんでいます。喉がからからに乾いています。  (こんなんじゃ……)  目をぎゅっとつむり、自分を叱咤します。せっかく淳くんに渡すんだもの、ちゃんとしたものを作らなきゃ……。  「小由利」  「え?」  慌てて顔を上げると、咲ちゃんが目の前に立っていました。  「あたし、ちょっと駅前でジュース買ってくるよ」  たったったっと、鳥居に向かって走っていきます。その後ろ姿が遠ざかっていくのを見ると、何故かしら安堵の気持ちがわき上がりました。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!