第二章 あぶないラッキー

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 晃司の名に、いまだにドキッとしてしまう。あれ以来、晃司から犯罪まがいの行為は受けていないが、苦手意識は根強いままだ。 「ああ……営業許可の申請相談で……あれ?」  一太が首を伸ばし、フロアの端にある応接スペースを覗くが、そこに晃司の姿はない。  一太の顔が激しく歪む。 「また、サボりですかね?」  それと同時に、その応接スペースのさらに奥のドアが開き、廊下から晃司が入ってきた。携帯電話で話しているその表情は、少し険しい。  ツカツカと歩いてきながら、晃司が電話を切った。それから保安係を見渡す原の席に早足で進んだ。 「係長、ちょっと出てきます」 「んん? どうした?」  原は老眼鏡をずらし、その隙間から晃司を見上げた。 「ピーチバナナの店長から連絡があって……なんか、トラブルみたいです」  ピーチバナナ――は、先日無許可デリヘルの摘発を行った際、大輔たちが待機場所として事務所を借りたニューハーフ風俗店だ。 「あそこは……景成会の店か」  原が訊くと、晃司は無言で頷いた。それでなぜか、原は納得顔になった。 「わかった、行ってこい。……大輔」 「は、はい」  突然名前を呼ばれ、大輔は慌てて立ち上がった。その拍子に、何組か書類が床に散乱する。 「お前も小野寺についてけ。……勉強だ」 「はぁ……」  大輔は床に落ちた書類を拾いながら、不安でいっぱいになった。そっと晃司を覗くと、晃司はまたどこかに電話していたが、ふいに大輔の方を向き、目が合った。  なぜか大輔は慌てて目を逸らし、手元の書類を机の上でトントンと揃えた。  晃司と二人きりになると思うと、身構えてしまう。またあんなことがあったら――。  大輔はノロノロと、自分の椅子に掛けっぱなしで少し皺になったジャケットを取った。  嫌でも上司から言われれば行くしかない。大輔は、憂鬱な気分で苦手な晃司について生安課を後にした。
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