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CHAPTER 3 月に濡れるふたり
「稲垣りつ子さんをご存じですね? 彼女が逮捕されたことは知ってますか?」
「ええ、まあね。ニュースでも見たわよ。女子高生の売春クラブやってたんでしょ」
「その顧客名簿に、お宅さんの名前もあったようなんですがねえ……」
「そりゃ逆よ。彼女がアタシの美容室のお客だったの。で、渋谷にクラブ開いたから遊びに来てって誘われてさ。アタシが行った時は、ただのダンス系のクラブだったわよ。可愛いDJの男の子がいてさぁ」
警察に任意同行を求められたギイは、だが、ごく簡単な事情聴取を受けただけですぐに帰宅を許された。
「なによ、失礼しちゃうわね! なーにが『そうですよねえ、お宅さん、女の子には用がないでしょうからねえ』よッ! ヒトを勝手にホモ扱いすんじゃないってぇの!!」
それも夕飯時に押しかけて、すみませんでしたの一言もないんだから、と、怒りも収まらないまま、マンションへ戻ってくる。
「ただいまぁ!」
玄関のドアを開けると、室内の空気がやけに冷たい。そろそろ暖房なしでは過ごせなくなる時期だというのに。
「……夏月?」
答える声は、なかった。
がらんとしたリビングルームには、誰もいなかった。
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