第1章

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 夏月はたった一人、寒い街を歩いていた。  もうギイのところへは帰れない。自分がいたら、ギイに迷惑がかかる。今日だって、ギイは悪くないのに、警察が来た……。  罪を犯したのは、ギイじゃない。りつ子に命令され、売春していたのは、夏月なのだ。  何も言わず、走り書きも残さずに出てきてしまったけれど、ギイはきっと判っているだろう。むしろ厄介な荷物が自分から出ていってくれたと、ほっとしているに違いない。  けれど、これからどこへ行こう。夏月は当てもなく、周囲を見回した。  どこへも行く場所がない。夏月はわずかな金額を持っただけで、飛び出してきたのだ。 「寒ぅ……」  もうすぐ真冬になる街は、もうコートなしでは歩けない。  あてもなく駅まで歩き、地下鉄に乗って、ふと気づいた時、夏月は渋谷に、クラブ『HUSH』があったビルの前に来ていた。  『HUSH』への階段も一階のうなぎ料理屋も今はシャッターが降り、「都合によりしばらく閉店いたします」の張り紙だけが空しく風に揺れている。  ずっとここにいたら、自分もデートクラブ『りぼん』の女子高生だったって、判るだろうか。夏月はぼんやりそんなことを思った。それがいいかも知れない。そうやって警察に補導され、少年院だかどこだかへ送られてしまえば、もうギイに迷惑はかからない。  冷たいシャッターに寄りかかって立ち尽くす夏月を、道行く人々は見るともなく眺めて通り過ぎる。  やがてその中で、ミニスカートと剥き出しの脚を見せびらかしながら、二人連れの少女が夏月に近づいてきた。 「ねえ、一人ぃ?」  が、間近で夏月の顔を見ると、 「なんだ、女じゃん」  スリムジーンズにメンズシャツという身なりの夏月を少年と間違え、逆ナンしようとしたらしい。 「ヘンなかっこしてんじゃねーよ、バーカ!」  少女達は捨て台詞を吐いて、すぐに立ち去る。  その声を聞いたのか、今度は派手な格好の少年が二人、夏月に寄ってきた。 「どしたの? 誰かと待ち合わせぇ?」  彼らは夏月の逃げ道をふさぐように、夏月の前に立ちはだかった。
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